今日はベルディ戦。今更愛媛戦以降と10年史到着。

2006年07月26日 09:42

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愛媛、柏、鳥栖、草津と試合評を飛ばしてきました。
草津戦以外、ちゃんとTV観戦しているのですが、どうも体調が悪く。


連勝且つ柏にいい勝ち方をしただけに期待を膨らませられたのですが、今期の札幌はどうも続かない。
これは勝った愛媛戦の戦いぶりに象徴されていましたと思います。


愛媛戦はあっという間のフッキのゴールから、愛媛にホームで完全にボールを支配される展開で同点に追いつかれるイヤな流れでした。
前半終了間近にケンゴのゴールで逆転し、ほっと安心するも後半千葉が2枚目で早々に退場。10人となってしまい、愛媛にやはりボールを支配されてしまう。
幸か不幸か、一人少なくなり狙いがはっきりしたお陰でしっかり守ってからのカウンターで砂川が3点目を決めて勝負アリ。


全ては守備の不安定さ。中盤でプレスが後手後手になるのは、FWのプレスの頑張りによるのではないか、という気がしている。
愛媛戦は正に「悪い」方の出来。柏戦は「良い」方の出来。鳥栖戦はボロボロの出来。


この修正が出来なければ、とても安定した戦いぶりは期待できない。
それか、一人で頑張れる守備の選手を補強するべきではないか?と思う。


さて、10年史。
DVDをみて「うわー!」「なつかしー」の連続。
コータの若さに笑い、逆に全く変わらない播戸の姿にまた笑い。
エメやウィルのスーパープレーを堪能。
室蘭の死闘に涙し、平塚の歓喜に喜び、以後暗黒面に支配された時代は目を多い・・・(バーヤックとかアンドラジーニャとか、なんかスゲー懐かしかった)つつも、あの2004年、感動の連敗脱出福岡戦では、歓喜のゴール裏で見事に見切れてる自分を発見し失笑
大変楽しませていただきました!!


本の方は史料価値満載の見事な出来。
そして上里のサインも、普段練習場などには行けない私としては大変ありがたく頂戴致しました。
そして、ようやく戻ってきた彼には、過剰は禁物ですが期待せざるをえません。


去年、突然終わりを告げた彼の夏。
上里よ、あの夏の続きをしよう。


さあ、今日はベルディ戦。有給とって行きますよ!
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東京×鹿島

2006年07月26日 09:09

2006 J1リーグ戦 第14節
F東京 2 - 4 鹿島 松本/17,070人
得点 東京;'33 '59 ルーカス
   鹿島;'44 小笠原 '47 内田 '74 大岩 '89 深井



土曜日。
昼食後、群馬を出発。
群馬は涼しかったが、霧の軽井沢を超え佐久辺りからは晴天(というか、台風後の天気のよう)となった。


松本までは約150キロ。2時間位で到着。
市内へ入ると意外や意外、結構車が多く、渋滞している。
結構大きい街なのね。
そして、前日迄の水害の影響で、物凄く川が氾濫している。


まず向かったのが浅間温泉の「湯湯庵杷の湯」。
なにやら由緒正しい温泉旅館を、日帰り入浴温泉にリフォームしたとの場所。

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門構えからスバラシイ。

入ると、受付、脱衣所、休憩所、あらゆるところに赤青い人達がww
考えることは皆一緒。他の温泉行ってもいたことでしょう。この日は松本は赤青に占拠去れていた模様。


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松本の気温が異様に暑かったので、正直どうかと思ったが、建物を覆う林や、建物の作りのせいか風も抜け、思ったよりも平気。
露天も良い。ただ、お湯が無色無臭且つ「循環濾過湯」のせいか、温泉に入っている、という雰囲気はあまり無し。

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庭園もあり、休憩所は「ここでのんびりしたい!」と思わせる板張りのえんがわチックな涼しそうな場所だったが、温泉にのんびりつかってしまい開場まであと20分くらいとなり、あきらめる。
と、受付に行くと、2階にも、外にもお風呂あったのね。次回にでも。



アルウィン近辺は物凄い渋滞。かなり遠くの工場の敷地に停めさせられる。
スタまで歩いているとやたらヘリや飛行機が低空で飛んでくる。と思ったら傍が松本空港だった。飛行機でくれば徒歩10分のスタだったのね。

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SA指定の席番号をみるとY列240番とある。
どこだ、どこだと上へ上っていくと、なんとメインスタンドの上の角!
上の写真がその位置。
周りはどうみても完全に飲みにきたおっさん達。
オセロだったら、角取れてラッキー!てなもんだけど、前の方とか余裕で席空いているんですけど、何故ロッピーはこの席を選んだのだ??


結局、ホーム自由が空いてた(完売だったはずなのに!)ので、ちょっと申し訳ないが移動させて頂いた。

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ここでアップやらミーティングをやっていた。この後、恐らくガーロを囲んで試合前のミーティングをやるっぽく、シャッターが半分下ろされた。その後に聞こえてきたのは激しく檄を飛ばす声。ガーロのイメージに無かったので少し驚いた。



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アップ中。少々雰囲気が重い。


さて試合。
J’sGoalをみるとノリオを前目においた変則3バックとのことだったが、基本は4-3-2-1だったと思う。
モニジャンのCBにトクナガノリオのSB、梶山のポジションが前目で微妙だったが、恐らくは伊野波と今ちゃんとの3ボランチ気味。
右に張るナオに真ん中よりのルーカス、そしてユータのワントップ。


リーグ再開後ユータのワントップで来ているけれども、もともと「攻撃はいいけれどゴール前が」という東京の攻撃。ユータのワントップでタメを作って後ろからの押し上げを期待しているのだろうけど、どうも逆効果なのでは、と思う。
特に前半は、そもそもユータへの楔の段階でミスが多かったのでなんとも言えないが弱点であるゴール前に人が圧倒的に少なくなってしまっている。シュート以前の問題。
ワントップならボールを貰う動きのうまいルーカスの方が納まりがいいと思うし、小笠原のマークを任されていたルーカスのポジションがなかなか上がらず、どうしてもサイド以外はポジションを前に取れない中ではユータのキープが生きていないという風に思えた。


前半早々にノリオが負傷、バッテンマークが出てしまい、フミタケ登場。伊野波がSBへ入る。フミタケ本当に久々にみたな~
今日の収穫は伊野波が左SBでも十分機能するということ。
ただ徐々に攻撃が右よりになり、ナオの気合十分のドリブルからなんとなく東京が押し気味になっていく。


ナオは本当に切れていた。前を向いてボールを持てば必ずドリブルで仕掛け、新井場を押し込む。
ここまでコンディションを戻してきたのか、と正直感動する。惜しいシュートもあった。
33分、突然訪れたルーカスの個人技での見事なシュート以後、少々鹿島におされ気味になる。なんとか凌ぎきったかなと思ったロスタイム、鹿島の右サイド内田からのクロスを、スルっとマークを外してファーで待っていた小笠原に頭で決められ同点。
なんとも間の悪い時間帯での失点。正直鹿島にこれをやられると一層、「若いなぁ」と思ってしまうが、一方で何年若いチームやっとんねん?とも強く思う。


唯一好印象だったことは、柳沢がボールを持った時や鹿島ゴール裏からあのなんとも言えない「ヤナーギサァワッ!」コールがあった時、東京からは必ず「Boo!!」とやっていたのは、国民の総意としてOKだし、GoodJobだった!!おかげで前半で交代wwザマーミロ。


後半早々に内田(まあ、U-21でガンバレ)にミドルを決められ勝ち越され、そこから東京には「必死」なプレーが目立った。
ユータoutリチェーリinでよりスピーディーな展開に。
ガンガンプレスに行き、早くボールを前に運び、ガンガン前へ走っていく。
これぞ東京のサッカー。
しかしシュートだけが入らない。
これも東京のサッカー。


またもなんとかルーカスの個人技で同点(ルーカスのパフォーマンスをみて、今日は行くぞ~と思わされたのだが・・・)とし、さあこれからと思った矢先、これも東京の弱点、中盤の運動量がどんどん落ちていく。
それとは逆に鹿島は時間の使い方がうまく、小笠原を中心にゲームを良く読んでペース配分をしている。
結果、セットプレーでモニは集中力を欠き、大岩のマークを外しジ・エンド。


最後まで走った。闘った。ルーカスは終了5分前位で足を引きずりながらもチャンスを伺っていた。今野も必死の形相でゴール前へ飛び込んできた。
それでも戦術と選手の未熟さで、一枚も二枚も上手の鹿島には、なかなか超えられそうも無い壁を感じた一戦だった。



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試合後、選手と一緒にガーロが挨拶に行くことを促され、バックスタンドへ向かう。選手はガーロの到着を待つが、歩いてゆっくりと向かうガーロに対し「走れよ!!」「早く行けよ!」など罵声が飛ぶ。
去年も原さんが挨拶に来るようになってからクビの噂が具体化したけれど、今日もそんな雰囲気があった。



まだ結論はだしたくないのだが、ガーロは東京との相性が悪いような気がする。この若いチームに、この若い監督。
みんな頑張っているのは確かだが、戦術も気合も、なにか空回りしているような気がするんだよなぁ。


帰りの渋滞はきつかった・・・

松本へ行ってきます

2006年07月22日 11:30

相当に悩んだ末、昨日松本の鹿島戦チケットを購入しました。
ただ既にホーム自由席、SB席等は売り切れ。バカ高いSA指定席4,000円。まあ、チームの補強費を払っていると思えば・・・


前回観戦が5節京都戦の3月だから、恐ろしく長い間、東京戦を観てない。
色々見聞きするところによれば、色んな意味で厳しそうな試合である。
ガーロも中断期間での十分な準備時間を経たにも関わらず、3バックにしたり、ワンボランチにしたり、石川をFWに使ったり、素人目にみて迷走しているように思える。
その辺を、指定席で落ち着いて見極めてこようかと。


行きに浅間温泉の「湯湯庵杷の湯」っつうところに行って来ます。

頑張れキヨシロー

2006年07月15日 20:39

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今週は散々だった。


風邪が治りきらず、咳が止まらない。すると、咳は骨に響く。イタイ。
微熱が引かない状態で、厳しい猛暑。朦朧とする。
木曜日、帰宅すると俺の寝室にゴキブリが出た、とヨメ。
でかいのがいた。叩いたがやはりしぶとく、そのままタンスの隙間へ。
5年住んだマンションだが、初めて出た。週末バルサン決定。


そして、金曜日。ウチの会社を辞めた大先輩がまたも、58歳の若さで急死した。共通の顧客へ電話を入れると、「先週来てたんだけどなあ」という。先週倒れてそのままだったらしい。
2週に渡り不幸続き。こういうのは続くんだよね。。。
通夜へ行くと、良く見慣れたゴルフクラブが入り口に飾ってあった。ゴルフは良くご一緒させて頂いた。
本当にお疲れ様でした。ゆっくりお休みください。


そして、今週驚いたのが、キヨシローのガン入院のニュース。
咽頭ガンとのことで、「歌えなくなるの?」と思ったが、発見も早いようで上手くいけば大丈夫のよう。とりあえずほっとしたが、ガンはガン。心配である。


私は東京都国立市生まれ。言わずもがな、キヨシローと同じ故郷である。
故に、中学時代の友人の影響もあってRCサクセションは良く聞いた。
ロックを少し聴き始めたころ。「雨あがりの夜空に」は良く耳にしたけど、最初はそのベタな日本語歌詞に少し拒絶反応があったな。
当時ちょうど「COVERS」っていうアルバムを出して、反戦のメッセージを中心にこれまたベタな歌詞のカバーをやってた。
「LOVE ME TENDER」なんて、「なにやってんだ~ 冗談じゃねえ~ 核など、いらねぇ~」だもん、多感な中学生には「カッコわる~」てなもんである。


ただ「スローバラード」は大好きだった。
この市営グラウンドは、多摩川の河川敷だ、ってどこかで聞いて何故か誇らしかったのを覚えている。
いつか大人になったら、車で彼女とフトンに包まって、ラジオから流れるスローバラードを聞けるようなシチュエーションがあるのかな、っていう憧れもあったけど、この切ないメロディに何度か泣かされたこともあったな。


そして後で教わって聞いた「トランジスタラジオ」のリフのカッコよさでRCを再リスペクトし始め、初期のアルバムから片っ端に聞いた。
今はテープが無くなってしまって暫く聞いていないけど、日本ロック史に残るライブ盤「ラプソディ」は擦り切れる程聴いたし、ソロの「Ⅰ LIKE YOU」の頃も好きだったし、「パパの歌」だってキヨシロー節炸裂だし、「君が代」も絶妙なタイミングで発表して、いい意味で世間を騒がせた。
いつだってロックっぽく、少しにやけてしまうけれどLOVE&PEACEなメッセージを掲げて、そして大好きな日本を表現してきた。
だから僕らはキヨシローに「愛しあってるか~い?」って聞かれれば「いえ~い」って笑顔で答えてしまうのである。



チャボと久々に一緒にツアーをやる予定だった(と、今回の件で知った)し、相変わらず精力的に夏のフェスに参加する予定だったようだが、残念ながら全てキャンセルしてしまった。本当に残念。
「この病気を新しいブルースのように」なんて、キヨシローでなきゃ言えないよなあ。


忌野清志朗がいない夏はちと寂しいけれど、克服してまたパワーアップした「ロックお父さん」が戻ってくるのを待つとしましょう。

2006年の決勝。イタリア×フランス

2006年07月13日 00:50

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2006 FIFA WORLD CUP GERMANY
FINAL

ITALIA 1-1 FRANCE
(PK 5-3)

Goals FRA; 7'ZIDANE
ITA; 19'MATERAZZI



骨折後、風邪をこじらせ2日会社休み。本日より出社。鬼のように仕事も溜まっている・・・


実は朦朧としながらも月曜日、録画でだが結果を知らずに決勝は観た。
録画だったが、それはもう、興奮しっぱなしの内容だった。
断然イタリアを応援していた。
それでも、ジダンの退場で一気にテンションは下がってしまった。


なにがあったのか。
もはやジダンが無言であるのを見るにつけ、もう触れない方が良い話題なのかもしれない、とも思えるが、果たしてそうなのだろうか?
真相が、いつかジダンの口から語られるのだろうか?(今やっていたニュースで、これからジダンの会見があるとか)
いずれにしても、残念な結果だ。


試合はこれまでの63試合と同様、「欧州的守備」のワールドカップ版集大成のような試合。
お互いのその守備戦術については既に書いたが、守備面での優劣をつけるならばイタリアの「攻めながらも相手のカウンターを常に意識した」守りの素晴らしさが勝った、と言えるのかもしれない。
ただ、終盤の全く攻撃に人数を割かない姿勢も少々どうかと思ったが、正直体力が持たなかったのだろう。
それに、大会通じてのトッティの不調が、結果的には攻撃的に行こうとしながらも、結果こういう内容に「イタリアらしさ」に落ち着いてしまう結果になったのかもしれない。
そういうイタリアに対して、フランスは結局決定力を欠いたこと、攻守の要であったビエラが負傷退場したことが痛かった。


マテラッツイ兄さんの自作自演による1-1、そして最後のジダン退場、PKも決めてまさに「ザ マテラッツイーショー」。
イタリアではどんな報道なのかな?
そして、無邪気に喜ぶイケメン軍団の姿は、なかなか楽しかった。
けど、どうしてもどこか引っかかるし、どうしても映像の中で「彼」を探してしまう。決して姿はあらわさなかったけれど。


この日もジダンの姿は美しかった。
引退する報道をもし知らなければ、誰がこんなプレーをする選手が、こんな華やかな舞台を最後に引退するなんて信じるだろうか?



イタリアおめでとう!フランスは残念だったが、いい試合だったよ。
ただ、ジダンにはなんて声を掛けるべきかが分からない。


そんな、2006年の決勝だった。








ワールカップも佳境に。

2006年07月09日 05:56

今3位決定戦であるポルトガル×ドイツを観ながら書いている。
正直今大会はもっと各試合について記録を残しておきたかった。が、直前のエントリーのような事情もあり、適わず。


しかし、この大会の記憶として「ヨーロッパで行われた、ヨーロッパの為の大会」であり、その為に「より実力均衡した戦い」が数多く見られ、「最小点差や延長・PKの多い」大会だったなあ、という印象が残った。


準決勝。
ドイツ×イタリア。
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圧倒的なスタジアムの雰囲気。4年前、同じく真っ赤な完全アウェイの地で、彼らは不運過ぎる判定の前に敗れ去った。
今回はオーストラリア(ヒディング)とのベスト16での「過去への決別」以降、より勝利への思いが強くなった気がする。
ドイツも攻守に渡り冴え渡っていたが、大会前の調整不足を考えればここまで良くやった、と言う評価が正しいと思う。
残念だったのは、日本人にとっては大会前に我らの加地さんに怪我させた、にっくきシュバインシュタイガーが先発を外れたことか。
結局途中投入し、前線での攻撃がようやく活性化したが、この大事な一線で攻守のキーマンが外れたのは、ここ一番でのクリンスマンの判断ミスでは無かろうか。


それにしても、イタリアの守備をここまで堪能できるとは。
正直セリエAも好きでないし、攻撃的なサッカーが好みではあるけれども、決勝まで上がってきて尚且つここまで見せてもらえば、さすがに美しさすら感じるようになってきた。
特に前も触れたがカンナバーロとブッフォンはどう観てもMVP候補である。両サイドは激しく攻守を行き来し、全員が集中力を切らず、守備の意識を持って120分を戦いぬいた。攻撃面では完全にピルロのチーム。
ここを経由してどう展開するか、を読むのは楽しかった。
PK戦ならドイツか?と思ったロスタイムの「グロッソ」のゴールはまさに「ゴラッソ」ww。そしてデルピエロのゴールはイタリアにとっては「ご馳走を更に美味しく頂く」為の絶妙な味付けとなった。


ポルトガル×フランス。
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こちらも老練なフランスの守備と、情熱的な激しいポルトガルの守備が火花を散らす試合となった。が、アンリの深い切返しを守備の熟練者であり同じリーグでプレイするカルバリョがPKを与えてしまった時点で、フランス1-0の勝利は見えてしまった。


ポルトガルは本当に両サイドのフィーゴ・ロナウドが対照的なドリブルを仕掛け、シュートやクロスを選択し、また戻してはマニシェ・デコのミドルが炸裂する、本当に楽しいサッカーを大会を通じて見せてもらった。基本ショートパスサッカーだけれども、スペインやチェコとは違い前線ではほとんどドリブルを選択する「気持ちよさ」は、大会一だったと思う。
ただただ、このチームだけの問題ではないがワントップに今一つフィットする選手がいないが為に、肝心な得点だけは冴えないという不運。
パウレタが良いストライカーだというのは分かっているんだけれども。


フランスは大会が進むにつれ、引退を前に往年の動きをどんどん取り戻していく、まるで選手寿命と引き換えに「若返り薬」でも飲んだんじゃないか?そのわりには髪はそのまmik4a>.....というジダンにボールを預けてガラガラポン、というサッカーで正直好みでは無い。



それでも恐らく最後であろう、テュラム・マケレレ・ビエラの「守備の黄金トライアングル」が老練にボールを奪って、ジダンが恐ろしく落ち着いたボール捌きで相手をいなし、若いリベリーに「ほれ行け!」というパスを出し、最後はあれだけクラブでは絶対的な存在であるアンリが外すwwというサッカーもこれで見納めかと思うと、残念極まりない。



本来であれば「ジダンファイナル」でフランスが勝つのがいい筋書きなんだけれども、イタリアに勝って欲しいかな。
ジダンだって、その素晴らしきキャリアの大半を過ごしたイタリア(悲しい終焉となったスペインではなく)との決勝で仮に負けたとしても、それはそれで良いフィナーレなのではないか?


そして今、フィエスタとも言える3位決定戦がちょうど終了。
3-1でドイツが自国でのワールドカップの終演に華を添えた。
まだ終わってないけれども、いい大会となった。
日本戦以外はね。 

不運続き

2006年07月09日 04:57

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相変わらずロクに更新できず。
まず仕事が相変わらず忙しい。そして、水曜日に新潟支店にいた契約社員だが尊敬、そして愛すべき営業の「大先輩」が逝去され、また更に混乱した。


木曜現地で通夜だったので、午後より新幹線で入り、夕刻より。
まだ59歳。4月に入院、手術されたが既に余命6ヶ月と宣告されていたという。スーツ姿で棺に入られていた。「これが一番似合う姿だから」と奥さんが言われていた通り、弔辞を読んで頂いた取引先社長の言葉、数多くの参列者、弔電の数々からいかに一営業として愛されていたかを感じ取ることが出来た。営業冥利に尽きる式だったろう。
その日は彼が大好きだったお酒を、彼の思い出話と共に皆でひたすら飲み続けた。


翌金曜日。ホテルで目覚めると喉が痛い。2時まで飲んで、且つ少々フトンを剥いでいたらしい。
午後より東京で研修の為、新幹線で向かう。
研修終了後、折角なので札幌時代の大親友であり先輩、そして札幌とサッカーと酒とナンパをこよなく愛す2児の父、Fさんと5時半から赤坂で飲む。
話は仕事少々、札幌、ワールドカップ、代表等サッカー中心で。どうやらナンパの方は「東京だと、皆終電で帰るからすすきのの様には通用しない」らしいww



久々に散々サッカー談義に華を咲かせられて、ちょっと風邪気味も週末で直せば良いや、という状態で新幹線に飛び乗る。
高崎近くなり、ヨメより「雨だから、迎えに行くか?」というメールが入る。ただ、駅まで自転車で来ていたこともあり、少々雨も降っていたが自転車を選択。この時点で小雨だったので、まあ、いいかと。


乗っていると雨脚が強くなり、少々きつくなってきたので雨宿りをしようと、スピードに乗った自転車を右端に寄せようと思ったその瞬間。
自転車のタイヤサイドが段差に乗り上げることができず、重心を移した右側にそのまま倒れてしまった。
目の前でまっていたのは、店先にあった雨どい。これに頭・腕を激しく強打。正直頭はこれがプラスチックの雨どいでなく、コンクリートかなにかだったら脳震盪かもしくは危険な外傷を受けていた可能性が高い。
腕からは出血と、肩の激しい痛み。ああ、やっちまった。。。


帰宅後、ヨメに出血部の治療と夜間診療を探してもらう。とにかく肩が痛い。結局翌日行くことにしたが、寝れない程痛い。そして寝れない理由としては風邪の熱もあることが発覚。辛い。朝まで寝れなかった。


翌土曜日。
午前より整形へ。診断の結果「右鎖骨骨折」で「全治3ヶ月」orz。。。
しかもこの暑い夏をずっと包帯で固定せねばならず、暑がりの私に取ってこれは地獄である。
とにかく、肩が上がらないし服を自分で着ることすら出来ないのは不便極まりない。


これじゃ、応援も厳しい。手が叩けれるようになればいいが・・・
ゴルフもできんし、海にもいけないなあ。
今年の俺の夏、終了~
せいぜい、お盆のバンドの練習くらいかぁ。ますますそこに気合が入ってしまうな。


やっぱり、俺も御祓いしてもらった方が良いようだ。要検討事項。

ヒデ引退に関して

2006年07月04日 23:02

忙しい忙しい。
ワールドカップも佳境でありながら、ふれれずじまい。
私の予想、アルゼンチン×ブラジルが見事に両コケして
少しテンションが落ちているってのもあるが。
湘南戦についてはまとめてありながら。。。明日アップしよ。


昨日11時半頃帰宅。フジの「スポルト」をつけるとジョンカビラの朗読。内容は、彼が続けてきた「サッカーの旅」が終わりを告げると。


そんな予感もあった。2002年でそうであってもおかしくなかったし。
ずっとプロフットボーラーとしての彼を色んな媒体を通して観て来て、彼らしいな、という印象は恐らく皆と同じだろう。
そして、そんな彼らしい決断を評価したい気持ちも一緒。
一方でまだまだ見ていたいという気持ちも一緒。


それでも、それとはなにか別の感情が言葉にできず昨日の夜からもやもやとしていた。
今朝改めてニュースで見、会社へ行く途中の自転車に乗ってる途中に何故か、自分の考えが纏まった。



「プロ」という職業において、「真のプロフェッショナル」という言葉を良く使うけれども、その中には2種類のプロがいると思う。
一つは「観客やファンを第一に考えて、行動する」プロ。
もう一つは「職業人としての自分の意識・結果を重視する」プロ。


ヒデには3つのワールドカップに渡って、代表を引っ張ってもらった。
そして、常に彼のプロ意識というものを見せてもらってきた。そしてそれをチームメンバーに、サッカー関係者に、マスコミに、ファンに問題提起し続けてくれた。
俺らの声を代弁してくれてことも、又気づかせてくれたこともあった。


そしてなによりプレーで見せてくれた。


それでも、ヒデの頑張りとは裏腹に、結果的に日本はヒデの言うような「真のプロフェッショナル」がまだまだ足りない状況であり、そして、今大会思うような結果が残せず、悔しい思いをしたことは彼のこのメールでも明らかだった。


その中で、何故、今、引退というのか。
こんな悔しい思いをした直後、且つ彼曰く自分が本当にサッカーが好きだと確信した後にあって、「新しい旅」を選んでしまうものなのか?
俺達は、こんな今だからこそ、もう一度、もう一回だけでもいいからヒデの持つプロフェッショナルさを強く必要としているのだ。


彼には先に上げた「観客やファンを第一に考えて、行動する」方のプロ選手であって欲しかった。
俺達がこんな絶望を感じている時にこそ、もう一度手を差し伸べてくれる選手でいて欲しかった。
そして、もう一度彼が常々言っていた「理想のサッカー」を体現すべく立ち上がって、もう一度戦う姿を見たかった。
これはファンの傲慢であることは十分に承知している。
彼の人生だもの。たかがファンの戯言に、彼の人生を彼自身が決められないなんて、許されるものではない。


それでも、そうであって欲しかった。
そういうタイプでは無いことも分かっていながら、ね。





ただ、色々と思い出せば。


アトランタでの若さ溢れる必死さ。
平塚で見せた君中心の楽しいサッカー。
フランスで見せてくれた一筋の希望。
ペルージャでの圧巻デビュー戦2ゴール。
ローマで途中出場から優勝を決める1ゴール1アシスト。
パルマ以降の苦悩。
シドニーで先輩としてチームを引っ張る活躍と、最後のPK失敗。
2002チュニジア戦でのワールドカップ発ゴール。
そして、この4年間の代表の内と外での孤軍奮闘。


試合では本当に楽しませてもらったし、日本人としての可能性を見せてもらったし、色んな夢を見せてもらった。
そして、サッカーを通して色んなことを教えてもらった気がする。
残念だけど、日本代表、日本のサッカーは君から「一人立ち」して、頑張っていくよ。




こちらこそ、心の底から「ありがとう」。










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