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頑張れキヨシロー

2006年07月15日 20:39

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今週は散々だった。


風邪が治りきらず、咳が止まらない。すると、咳は骨に響く。イタイ。
微熱が引かない状態で、厳しい猛暑。朦朧とする。
木曜日、帰宅すると俺の寝室にゴキブリが出た、とヨメ。
でかいのがいた。叩いたがやはりしぶとく、そのままタンスの隙間へ。
5年住んだマンションだが、初めて出た。週末バルサン決定。


そして、金曜日。ウチの会社を辞めた大先輩がまたも、58歳の若さで急死した。共通の顧客へ電話を入れると、「先週来てたんだけどなあ」という。先週倒れてそのままだったらしい。
2週に渡り不幸続き。こういうのは続くんだよね。。。
通夜へ行くと、良く見慣れたゴルフクラブが入り口に飾ってあった。ゴルフは良くご一緒させて頂いた。
本当にお疲れ様でした。ゆっくりお休みください。


そして、今週驚いたのが、キヨシローのガン入院のニュース。
咽頭ガンとのことで、「歌えなくなるの?」と思ったが、発見も早いようで上手くいけば大丈夫のよう。とりあえずほっとしたが、ガンはガン。心配である。


私は東京都国立市生まれ。言わずもがな、キヨシローと同じ故郷である。
故に、中学時代の友人の影響もあってRCサクセションは良く聞いた。
ロックを少し聴き始めたころ。「雨あがりの夜空に」は良く耳にしたけど、最初はそのベタな日本語歌詞に少し拒絶反応があったな。
当時ちょうど「COVERS」っていうアルバムを出して、反戦のメッセージを中心にこれまたベタな歌詞のカバーをやってた。
「LOVE ME TENDER」なんて、「なにやってんだ~ 冗談じゃねえ~ 核など、いらねぇ~」だもん、多感な中学生には「カッコわる~」てなもんである。


ただ「スローバラード」は大好きだった。
この市営グラウンドは、多摩川の河川敷だ、ってどこかで聞いて何故か誇らしかったのを覚えている。
いつか大人になったら、車で彼女とフトンに包まって、ラジオから流れるスローバラードを聞けるようなシチュエーションがあるのかな、っていう憧れもあったけど、この切ないメロディに何度か泣かされたこともあったな。


そして後で教わって聞いた「トランジスタラジオ」のリフのカッコよさでRCを再リスペクトし始め、初期のアルバムから片っ端に聞いた。
今はテープが無くなってしまって暫く聞いていないけど、日本ロック史に残るライブ盤「ラプソディ」は擦り切れる程聴いたし、ソロの「Ⅰ LIKE YOU」の頃も好きだったし、「パパの歌」だってキヨシロー節炸裂だし、「君が代」も絶妙なタイミングで発表して、いい意味で世間を騒がせた。
いつだってロックっぽく、少しにやけてしまうけれどLOVE&PEACEなメッセージを掲げて、そして大好きな日本を表現してきた。
だから僕らはキヨシローに「愛しあってるか~い?」って聞かれれば「いえ~い」って笑顔で答えてしまうのである。



チャボと久々に一緒にツアーをやる予定だった(と、今回の件で知った)し、相変わらず精力的に夏のフェスに参加する予定だったようだが、残念ながら全てキャンセルしてしまった。本当に残念。
「この病気を新しいブルースのように」なんて、キヨシローでなきゃ言えないよなあ。


忌野清志朗がいない夏はちと寂しいけれど、克服してまたパワーアップした「ロックお父さん」が戻ってくるのを待つとしましょう。
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