東京は変わらなければならない

2010年12月08日 23:58

ホカホカ気分でドームを後にし、出かけ中のヨメの車でピックアップしてもらう
予定になっていたので東豊線で栄町下車し、ダイエーで時間潰しをしていた時。
地下鉄乗車中にJ1はキックオフしており、下車後4時を回った頃に携帯で速報をチェック。



画面を見た瞬間、絶句し、頭は真っ白になった。
「京都1-0東京 前半36分、浦和0-1神戸 前半36分」
今考えても相当動揺していた。ダイエー1階の店舗の中を携帯片手に落ち着き無く徘徊し、
それは4時40分頃ヨメ到着のメールが入るまで続いた。
店内据付のベンチに座っては立ち、スーパーのものを物色するでもなく
店内をくまなく歩き回り、恐らく目もうつろであったろう、はっきり言って危ない人である。
自分がこういう人を見たら、間違いなくわが子は近寄らせない。



試合後、権田が言った。「浦和なんかに期待していた僕がバカでした」。
俺もそうだったんだよ。バカだった。
浦和サポの友人には「そんなにウチが憎いかよ?」って言ってやったけど、
そもそもその時点で勝敗は決していたんだな。
「棚ボタの方が東京らしい」なんて、ちょっとだけ斜に構え思ったりしていて、
札幌で散々痛い思いをしている自分らしくなかった。



ただ僕にとってそれらの思いは、東京の選手ならやってくれるという
期待の裏返しだった。



家に急ぎ帰り、スカパーを付けるとそこには後半14分の東京の姿。
ちょうどスズタツから大黒へ交代していた。
直後再び慌しくヨネを下げ大竹投入、梶山がリベロのポジション、今野は既に前線に。
この時間帯でスクランブル体制を引いていたのだ。
画面からただただ伝わってくる悲壮感。絶望の淵に既に片足を突っ込んでいる光景に
奇跡を祈るしかなかった。



そしてプレーする選手達も奇跡を祈るのみだった。
ひたすら放り込み、都度京都に跳ね返される。それを祈るように愚直に繰り返す。
しかし。それはどうやら報われそうにないと理解した。
選手が奇跡を祈ってるんじゃ、奇跡は起きないだろう、と。
結果論かもしれないが、あの時間帯から今年の戦い方を完全に捨ててパワープレーに頼るのは
自らの手で奇跡を起こすことを諦めたんだ、と思ったのだ。
だから権田の言う通り、「他力本願」だったのは浦和とか彼が発した言葉の問題じゃなく
この日のプレーそのものを表していたのだ。



そしてロスタイム、カウンターのピンチで権田がドゥトラを倒しPK、これが決まった瞬間。
試合終了を待たず2010シーズンの降格レース「当確」の二文字が。
残り3分あったが、東京の選手達の顔は見ていられなかった。
そしてベンチではヨネが既に泣いている。



2010年12月4日。西京極の地で東京の11年ぶりのJ2降格が決まった。



何かがうまく転べば、C大阪のポジションに東京がいた可能性もあったと思っている。
例えば以前もあげたターニングポイントとなった、J再開後の神戸戦に勝っていたら、とか。
去年の結果で東京には上昇志向も芽生え、選手の意識レベルもそれなりに高かった。
但し、その同じ選手達が優勝争いと同じく厳しい降格争いに身を置かれた時、
目標であった真の優勝争いをしようにも、そもそも足りなかった何かが見えた気がする。



その何かは、僕は「危機感」だと思う。
ある程度上へ上がるのは、実力さえ備えていれば簡単だ。
だが頂点に立とうとすれば、常に危機感を感じ、
追いつ追われつのプレッシャーに打ち勝てるかが試される。
東京は16位に身を置きながら今一つ降格の危機感が薄く、それが逆に功を奏したのか、
大熊監督交代後4勝3分3敗と結果は残した。けれどレースには相手があるもので。
追いすがる神戸の執念にかような経験の無い東京の選手達は、降格レースを
無間地獄のように感じ始めたことだろう。
そして肝心かなめの最終決戦の地で、初めてズシリと重い降格の危機を実感し、
僕らの選手達は、耐えることなくその重みにそのまま押しつぶされてしまった。



だから降格したのだ。
そして来期のJ2での戦いは、そんな自分達の弱さと向かい合う為の第一歩でもある。



だから、村林社長が自他に悪影響しかもたらさず敬意のカケラも感じない発言をしてますが、
恐らく降格して気が動転してしまっているんでしょう。
99年のJ2をイメージして戦おうとすれば、来期東京は確実に血達磨ですからね?



僕の大好きな、ちょっと垢抜けないけれど首都のビッグクラブ東京。
真面目で純朴な選手が揃っていて、サポと選手の距離も近くて、家庭的で。
来期は戦うステージが変わることで少なからずメンバーが減り、
スタジアムを訪れる人も減り、予算も減り。東京は今の姿から変わってしまうだろう。
それを残念に思うファンが多いはずで、僕もその一人だ。
ただこうなった以上、変わるしかないし、変わらなければ生き残ることすらままならない、
厳しい世界なのだ。それは札幌で起きた様々な辛い経験で良く理解しているつもりだから。
だからもし今野が東京を離れるとしても、それも受け入れなければならない。
今野がいたから東京ファンになった僕だけれど、仕方ない。



僕は東京をサポートしたいんだから。
西京極での絶望と悔しさを忘れることなく、来期戦える選手達を。
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